『介護ビジョン』2021年5月号(発行:日本医療企画)
第1特集 介護“経営”とは何か
以下文章を転載
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顧客の設定を明確にしたサービスを追及差別化戦略で生き残る
川島修(株式会社維新ネット 代表取締役)
川島修(かわしま おさむ)
1975年生まれ。25歳で弁護士を目指し一次試験に合格するも論文試験前に髄膜炎を発症、高熱が2カ月続く。回復後、物事に対するこだわりを捨て上京し就職、29歳で維新ネットを設立。2010年34歳で介護事業に参入。2018年妻の転職に伴い、「働く女性支援」を家庭でも実践すべく家族で奈良へ移住。東京と奈良を行き来しながらの経営を実践中
“社員第一主義”を会社の社是とし、そのための介護サービスを提供している株式会社維新ネットの川島修代表取締役。その戦略のもとにある、経営の考え方をうかがった。
“共働きの女性”が顧客
そこからサービスを考える
――介護事業における“経営”について、どのようにお考えですか。
介護だからといって特別に考えるわけでなく、どんな事業にも経営の視点は必要だと考えています。そして、経営とは事業継続の方法を考えることです。労働人口も減り、人材獲得が困難な状況下にあって、社員に適切な給与を出せなければ社員は去り、事業継続が難しくなります。それを防ぐには、適切な給与を出せるように利益を出し、待遇を上げ、社員が定着したくなる環境を築いていく。それを繰り返していくことで、事業が継続されていきます。
――事業継続を図るうえで必要なことは、どのようなことでしょうか。
自社は誰・何のために存在しているのか、目的を明確にすることでしょうか。当社では働く女性を支援して介護離職から守ること、志を共有する従業員を最も大切にする会社であることをめざしています。介護離職が防げれば、国の課題である人材不足に歯止めをかけられます。そうすれば、消費増加、税収増加にも貢献できると思うのです。
そのうえで、私は「未来の自社はこうありたい」というビジョンを定めています。たとえば、2042年を見据えると、高齢者人口は増え、財源が限られるので介護給付費は増えず、一人当たり介護費平均は今よりも下がることが予想されます。実際、2014年以降、高齢者人口一人当たりの介護費平均は右肩下がりです。しかし、内訳を見ると介護費予算が上がっている分野もあり、国の方向性が見えます。当社ではその方向性を踏まえて利益を出し、従業員の年収を2025年までにいくらにするというビジョンを設定しています。そして、毎年平均3%の年収アップについては達成できています。
――働く女性を顧客ターゲットにしているのはなぜですか。
働く女性、さらに言えば共働きの女性をターゲットとしています。ふつうは利用者を顧客と考えがちですが、それでは差別化になりません。極端な話ですが、「アットホームな雰囲気で家族同様にお世話します」では、みんなと同じ土俵での競争に巻き込まれることになります。そこで、利用者ではなくその先にいる家族に目を向けたのです。
共働きの女性はとにかく忙しく、時間がありません。子どもを保育園に預けるように、要介護者を預けないと仕事を続けられません。仕事を続けたい女性をサポートするために、介護サービスを提供する、という風に自社の事業を定義しました。
そうすると、デイサービスの後、延長保育のような感じでナイトサービスといった発想も生まれます。夜も送迎しますし、泊りもできます。だから残業があっても、安心して仕事をしてください、と言える。そうなると、「仕事をしながらも親の面倒を見やすいデイサービス」として、顧客に訴求できるわけです。
サービスの差別化とともに
理念に共感する社員を獲得
――利用者を顧客としない、というのは大胆な考えですね。
顧客を利用者本人と定義した場合、本人が「デイサービスに行きたくない」と言えば、顧客の意向に反することはできないので、それで終わってしまいます。事業とは顧客の要望を満たすことですから、それが正解になってしまうのです。
一方で、当社の顧客は共働き女性。彼女たちの仕事に支障が出ないように預かることが当社がやるべきことであり、利用者が行きたくないと言ったとしても、いかに通所してもらうかを考えることが仕事になります。そうすることが顧客である働く女性の要望を満たし、理念である介護離職から守ることにつながるからです。
そして、ここが重要な点ですが、結果として、「利用者本人が喜んで通いたいデイサービスをつくらないといけない、そうしないと理念が実現できない」と職員が考え始めることにつながっていくのです。
――顧客の定義が変わると、戦略が変わり、ほかの介護事業者との差別化になるのですね。
困っている人がいて、ニーズはある。だけど、それに応えるサービスが見当たらない。ならばそれを開発して提供すれば、そこに価値が生まれ、お客さんに喜んでもらえる。その違いが差別化であり、その違いをかたちにしてつなげることが戦略であり、戦略を通じて理念を実現することが私の考える経営です。
――このような思いを、社員に浸透させるために何を行っていますか。
一番は3年前に私の妻が奈良に就職し、それに伴い、奈良に移住したことかなと(笑)。当時子どもが0歳、2歳、4歳でした。この状況で一番身近な働く女性である妻を支援できないのであれば、事業理念が嘘になってしまう。事業理念と個人の理念が一致していないとそれは本物ではない、と。職員も社長の理念は本気だと応援してくれ、3年前からリモートワーク経営を実践しています。今ではこれを経営理念の一番の宣伝として使っています(笑)。
経営理念に共感し、理念を実現するための仕事をする組織でなければ、この思いは達成されません。そのために必要なことは、採用であると考えています。理念に共感する、してくれそうな人を選ぶことが重要。そこで、多くの媒体で理念を発信し、それに共感してくれた人だけが集まる仕組みにしています。
たとえば、当社ではパート職員の昇給賞与査定も年3回行っています。また、毎月社員の残業時間をチェックし、無理がないように毎月シフトを組み替えています。その結果、定着率が改善し、採用コストも下がりましたし、パート職員の社員への希望率も上がりました。先日もパート職員の娘さんが病気になり毎日の看病が必要になった。それでも会社が好きだから時短で働き続けたいと言ってくれました。社員自身が「会社に大事にされている」と実感できる環境を整えれば、必ず利用者のことも大事にしてくれます。結果として、顧客や利用者の満足度が上がり、稼働率が上がります。
だから、社員を大切にするというのは、経営理念としてとても合理的なんです。
株式会社維新ネット
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